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NEWSに夢中!- ETC英会話プライベートレッスンブログ

インターネットのおかげで世界中の出来事を簡単に動画で見ることができるようになりました。

カトリーナ被害について、涙まじりに解説する女性キャスター、
広大な牧草地をバックに、自らの自由について静かに語るチベット人、
家族を亡くし、住む土地からも追われたことを繰り返し訴えるコンゴ人女性。
どれもみな、とても大切なことを伝えてくれようとしている。

でも、僕は彼らが話す言葉のすべてを理解できずにいます。
靄の中にぼんやりと浮かんでいるような言葉の輪郭を、もっとちゃんと確かめたい。
その手がかりとなる英語にもう一度向き合ってゆくことにしました。

非営利の独立系ニュース番組『デモクラシー・ナウ!』の動画ニュースを中心に、
今地球上で起こっている様々な事柄に触れてゆきます。

学んでゆくのはETC会員の僕、青樹洋文
サポートしてくれるのはETCのカーラ先生です。

 

2008年12月10日

ダイナマイトを発明したアルフレッド・ノーベルとノーベル賞

200px-AlfredNobel.jpg
12月9日のDemocracyNow!
のテーマは、『ノーベル賞の歴史、ダイナマイトを発明した人、アルフレッド・ノーベル』です。

▽The History of the Nobel Prize: A Look at Alfred Nobel, the Man Who Invented Dynamite

さて、そもそもノーベル賞は、どのようような経緯で始まったものなのでしょうか。ノーベルが爆弾の製造によって得た莫大な資産が、この賞の基金となってるとのことは有名ですね。

でも、なぜ?

ぼくは、賞を開設するまでにいたったノーベルの思考過程、葛藤、苦悩のようなものを感じてみたいと思いました。

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AMY GOODMAN: So talk about how the idea of the prizes came to him.

PETER ZANDER: I think that he suffered a little from what people had said about him. They said that he was trading with death. And he wanted to make up. So that may be the reason why there is a peace prize. Of course, he never explained why.

"DemocracyNow!"より

<<日本語訳>>

エイミー・グッドマン: さて、ノーベルはノーベル賞のアイディアをどのようにして思いついたのでしょうか。

ピーター・ザンダー(ノーベル博物館館長): 彼は、人々の彼に対する評価に少々苦しんでいたのだと思います。皆こう言っていました。ノーベルは人の死で儲けていると。そして、彼はその償いがしたかった。ノーベル賞に平和賞があるのは、この理由からかもしれません。もちろん、彼自身はその理由については一切語っていません。 (訳:青樹)
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 ノーベルは生涯結婚することがなかったため、子どももいませんでした。
 よって、莫大な資産をもった彼にとって、死後この遺産がどのように使われるかは
 とても大切な課題でした。

 死の約一年前に、ノーベルは次のような遺言書を書いていたそうです。

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 私の遺産を次のように処分してほしい。遺言執行人は、確かな有価証券に遺産を投資し、それで基金をつくる。これによって生じた利子を5等分し、毎年その前年度に人類に最もつくした人々に賞金を与える。

 物理学の方面で最も重要な発明や発見をした者。
 最も重要な化学上の発見や改良をした者。
 生理学または医学で最も重要な発見をした者。
 理想主義的文学についていちじるしい寄与をした者。
 国家間の友好関係を促進し、平和会議の設立や普及につくし、
 軍備の廃止や縮小に最も大きな努力をした者。(後略)

   『世界の科学者100人―未知の扉を開いた先駆者たち』より


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 この遺書によって処分された基金は約3300万クローナ。

 授賞式が行われる今日12月10日は彼の命日。
 享年63歳でした。
 

2008年12月11日

ノーベルに多大なる影響を与えた女性 ベルタ・ズットナー

Bertha Felicitas Sophie Freifrau von Suttner (Baroness Bertha von Suttner)
かつてビジネススクールに通っていた頃、組織行動学の先生がこんな表現を教えてくれました。

 Behind every successful man, there is a woman.

以下は、先生の解説

「成功の影に女あり。ほら、皆さんにも、いつも側にいて、あーでもない、こーでもないと、がみがみ、うるさく、やかましく言ってくれる女性がいるでしょ? お母さんとか、彼女とか… その人のことを大切にしなさい、という意味ですよ。」

さらに着目すべきことは、この女性が単数形(a woman)であること。
 
 
成功の影にいる女性は複数ではないのです。たった一人の女性なのです。

そう、これを読んでいる貴女のことです。

ですから、もっと"がみがみ"言ってあげましょう!

そして、男性諸君、その人の言葉に耳を傾けましょう。
 
 - ☆ - ☆ - ☆
 
今日もDemocracyNow!12月9日の配信分から。
テーマは、『ノーベル賞の歴史、ダイナマイトを発明した人、アルフレッド・ノーベル』。エイミーさんは、ノーベルに多大なる影響を与えたといわれる女性、ベルタ・ズットナーについてノーベル博物館館長のピーターさんに質問します。
 
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AMY GOODMAN: Can you talk about Baroness von Suttner, the 1905 Nobel
Peace Prize winner, and her influence on Alfred Nobel in setting up
these prizes?

1905年にノーベル平和賞を受賞した、ベルタ・フォン・ズットナーついて、
話していただけますか。そして、アルフレッド・ノーベルがノーベル賞を開
設する際に、彼女が与えた影響について。


PETER ZANDER: She had a great influence. (中略)

So the Baroness von Suttner, or the Countess Kinsky, as her name was
at the time, she was hired as the secretary of Alfred Nobel in a safe
distance from Vienna. She stayed there just for a couple of weeks and
went back to Vienna, though I think during those weeks she inspired
Alfred about a great deal in what was an important question to her,
namely peace.

彼女はとても大きな影響を持っていました。 (中略)

ベルタ・フォン・ズットナーはアルフレッド・ノーベルの秘書として雇われ、
ウィーンから通うことになります。アルブレッド宅に数週間滞在しては、ま
たウィーンに戻ってくるという生活を送っていました。これらの期間、彼女
にとっての重要な課題、つまり平和について、彼女はアルフレッドに非常に
大きな影響を与えたのだと思います。

And she became one of the really early leading peace activists at the
turn of the century. She wrote a book called Die Waffen nieder!, or
Lay Down Your Arms!. Everyone read it, even Alfred Nobel. And I know
that he supported her peace campaign a lot, though they never really
agreed. He actually said that “I think my dynamite might cause more
peace than your struggle.” But he believed in her, anyway. So, many
people say that the peace prize, the way he mentioned it in his will,
is tailor-made for Baroness von Suttner.

そして、彼女は19世紀末において平和活動家として先駆者的リーダーの一人
となります。『武器を捨てよ』という本を書きました。皆が読んでいる本で
すが、同様にアルフレッド・ノーベルも読みました。そして、彼は彼女の平
和運動をかなり支援したようですが、しかし根本的なところではお互い同意
はしていなかったようです。実際彼はこんなことを言っています。

「君の闘争よりも、私のダイナマイトのほうがずっと平和に役立つかもしれ
ない」

しかしながら、彼は彼女を信頼していたことは間違いありません。そして、
彼の遺書に書かれているノーベル平和賞は、彼女のために作られたものだと
多くの方が言っています。

"DemocracyNow!"より (日本語訳:青樹)

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2_Euro_coin_At.gif
 
現在のオーストリアの2ユーロ硬貨には
ズットナーの肖像が描かれているそうです。 
 
 
 
 
 
 

 
◎参考
▽ウイキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%BA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%BC

▽平和のために捧げた生涯
http://wirtschaftsmuseum.at/pdf/Suttner_jap.pdf

▽武器を捨てよ!
http://books.google.co.jp/books?id=m5NGgrX-BkgC&printsec=frontcover&as_brr=3&source=gbs_summary_r&cad=0

2008年12月12日

もう一つのノーベル賞、ライト・ライブラリフッド賞

 
今年ノーベル物理学賞を受賞された日本人の先生方の受賞理由は、

 ・原子核物理学における自発的対称性の破れの発見
 ・自然界に少なくとも3つのクォークファミリーが存在することを予言する対
  称性の破れの起源の発見

とのこと。

しかし、皆さんが発見されたこの"破れ"がいったいどんな破れなのか、
そして、この破れの発見がどれほどに凄い発見であるのか、
恥ずかしながら万年物理落第生の僕には、未だ理解できておりません。

 (だれか簡単に教えて!?)

それどころか、授賞式の祝賀会で踊る欧米人のご夫婦達の素敵な姿を、
遠くから眺めているかのように、全く別世界の出来事にしか思えてこないのです。

こんなことを言っているようでは、物理は一生落第ですね。


さて、今日のテーマはは12月8日配信のDemocracyNow!。この放送で僕は初め
て、もう一つのノーベル賞、『ライト・ライブラリフッド賞の存在を知りました。
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The Right Livelihood Award: A Look at Sweden’s “Alternative Nobel”』

ライト・ライブラリフッド賞 - スウェーデンのもう一つのノーベル賞』

The Right Livelihood Award was established in 1980 to honor and
support those “offering practical and exemplary answers to the most
urgent challenges facing us today.” There are now 133 Alternative
Nobel laureates from fifty-seven countries across the world. Unlike
the Nobel Prize, which is awarded for Chemistry, Physics, Medicine,
Literature, Peace, and since 1969, Economics, the Right Livelihood
Award has no categories.

ライト・ライブリフッド賞は1980年に設立。今日私たちが直面している最も
緊急を要する諸問題に現実的で且つ模範的な解決策を見出した人々の名誉を
称え、支援することを目的としています。この、もう一つのノーベル賞には、
現在までに、世界各国57カ国から、133人の受賞者がいます。
また、化学、物理、医学、文学、平和、そして1969年から経済の分野に対し
て与えられるノーベル賞とは異なり、ライト・ライブリフッド賞にはそのよ
うな分野の制約がありません。

DemocracyNow!より(訳:青樹)
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今年の受賞者は、以下の三名の女性。

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アシャ・ハギ・エルミ(Asha Hagi Elmi)
「ソマリアの女性と子供を救おう(Save Somali Women and Children)」の共同創立者

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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クリシュナマル・ジャガナサン(Krishnammal Jagannathan)
南インドの82歳の活動家
 
 
 
 
 
 
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モニカ・ハウザー(Monika Hauser)
婦人科医で 「メディカ・モンディアル(medica mondiale)」の創立者
 
 
 
 
 
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そして、本当に偶然なのですが、僕がこのブログの題材に選んだニュースメディアDemocracyNow!の創始者、ジャーナリストのエイミー・グッドマン(Amy Goodman)が受賞されました。

おめでとうございます。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

全員女性ですね!
 

2008年12月13日

ヤコブ・ヴォン・ウクスクル JAKOB VON UEXKULL - もう一つのノーベル賞の創始者

ヤコブ・ヴォン・ウクスクル JAKOB VON UEXKULLライト・ライブラリフッド賞(Right Livelihood Award)の創始者、ヤコブ・ヴォン・ウクスクル氏は切手収集家。同賞の資金も、最初の五年間はこの切手ビジネスから得た利益を充当したそうです。

ヤコブが、切手収集を始めたのは、彼が9歳だった時、平和主義者の父からのこんな提案がきっかけでした。

 「おまえが持っているおもちゃのガンすべてと
  お父さんのもっている切手を交換しないか?」

ヤコブは父の提案を受け入れました。
 
そういえば、アルフレッド・ノーベルの父は火薬工場を経営していたそうです。アルフレッドが火薬の研究に没頭したのも、父から受けつだこの工場がきっかけになっているのかもしれませんね。
 
 
 
子ども達は父親を選ぶことはできませんが、父親達は次の時代に何を引き継いでゆくのか、
大人たちが決めることができるのですね。

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さて、今日はDemocracyNow!の12月8日配信分
ヤコブさんが、もうひとつのノーベル賞といわれるライト・ライブラリフッド賞を始めた経緯についてです。

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AMY GOODMAN: It’s great to have you with us. So, how did this begin?

エイミー・グッドマン: ご出演いただき大変嬉しく思います。さて、ライト
・ライブラリーフッド賞はどのようにして始まったのでしょうか?

JAKOB VON UEXKULL: It really is like your program, about breaking
silences. (中略)

ヤコブ・ヴォン・ウクスクル: 沈黙を破るということに関しては、貴方の番
組と本当によく似ています。(中略)

And these awards were created in a very different age, when the
belief in progress and technology were still sort of unlimited. There
was no problem with a so-called third world. There was no ecological
problem. And so, there was a gap. And strangely enough, only one gap
was filled in these hundred years. The Nobel Committee created one
new award not started by Alfred Nobel himself, namely the one for
economics. And I said, well, that’s a bit strange. You know, there
are very important other gaps here.

ノーベル賞は今とは異なった時代に作られたものです。技術成長はある意味
際限なく続いて行くと信じられていた時代です。いわゆる第三世界の問題も
ありませんでした。環境問題も存在していませんでした。賞と時代にはずれ
がありました。とても不思議なことではありますが、この一つのずれが、100
年という時間のなかで、すべてを覆うようになってしまった。ノーベル委員
会はアルフレッド・ノーベル自身が当初始めたものとは別の新しい賞を設け
ました。ノーベル経済賞です。そして、私はどうもおかしいと思ったの
です。他にもいくつかのずれがあり、それらはとても重要な事柄である
からです。

So I proposed to the Nobel Foundation an award for environmental work
and for human development, and I offered to provide some money to
start this from the sale of my business. Obviously I’m not as
wealthy as Alfred Nobel, so it wouldn’t have funded the award in the
long term. But it was to try to get them to take this seriously. And
I received a polite reply back saying that they had decided not to
introduce any more Nobel awards. And so, I then felt, you know,
obliged to try it myself.

そこで、私はノーベル基金に環境問題への取り組みと、人々のよりよい発展
のための取り組にを称える賞を親切することを提案し、私の仕事から得た収
益から資金提供することも申し出ました。もちろん、私はアルフレッドノー
ベルほど裕福ではありませんでしたので、長期的にその賞にたいする資金的
支援できるほどの額ではありませんでしたが。しかし、そのような申し出た
のは、彼らに私の提案を真剣に検討してもらうことが目的でした。そして、
彼らからたいへん丁寧な回答を受け取りました。我々はノーベル賞に新しい
分野の賞を新設しないことを決断したと。その時私は思ったのです。これは、
自分でやるしかないと。

 
DemocracyNow!の12月8日配信分より (訳:青樹洋文)
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