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    <title>光一郎のおはなし</title>
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    <updated>2007-12-07T07:10:03Z</updated>
    
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    <title>痴漢撃退法</title>
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    <published>2007-12-05T09:36:33Z</published>
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    <summary>私には2人の孫が居ります。どちらも自慢の孫達ですが、今日は上の20歳になる「ナナ...</summary>
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        私には2人の孫が居ります。どちらも自慢の孫達ですが、今日は上の20歳になる「ナナ」について書きます。彼女は小さい時から才気煥発で幼稚園の先生に

　「ナナと話しをしてると大人と話している様な気になる」

と言われていました。また、

　「パパを呼んで」

と電話口にでたナナに言いますと、どんな用事と聞きますので、

　「これは一寸難しい用事なのでパパを呼んで」

と再度いいますと、

　「一寸難しいのはナナにおまかせ」

と言って、どうしても自分で用件を処理したいらしく困った事がありました。

2才位の時、自分の両親のハワイでの結婚式のビデオを、お茶でも飲みながら見るのが大好きでした。自分がそのビデオに写って居ないのが中々納得できない様でしたが、とにかく2階へ上がって来ては、

　「結婚式見てお茶飲もうよ」が口癖でした。

そんな彼女と今日皆で雑談しました。

彼女は女学生の頃、3回程痴漢をつかまえて警察につき出した武勇伝もあります。その彼女が
「オジイチャン、これはどう？」と帰りがけに言ったのが、電車で痴漢におそわれた時の一言。

　「なに変なとこ触っているのよ。この下手くそ」

つかまった痴漢の顔が目に浮かび大笑いしました。

では亦。

        
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    <title>今の世の中を住みにくくした人達について</title>
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    <published>2007-11-12T06:47:46Z</published>
    <updated>2007-11-12T07:06:32Z</updated>
    
    <summary>政治家・銀行・裁判所・大企業等。 先ず、政治家たち。政治は判りにくいと一般に言う...</summary>
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        政治家・銀行・裁判所・大企業等。

先ず、政治家たち。政治は判りにくいと一般に言う様ですが、世の中にそんなに判りにくいものはないと思います。判りにくいのは、判りにくくしているからです。

たとえば、よく哲学書は難しいと言いますが、哲学自体は難しいものではないと考えます。

私は若い時にカントの三批判を読んだことがあります。私は専門に勉強をしたわけではないので、はじめの純粋理性批判を読むのは1年もかかりましたが。先ず哲学の用語の意味が全然判りませんでした。読み終わって行きつけの本屋（昔の古本屋）に行って、

　「読んだけど一年もかかった」

とがっかりして言いましたら、その主人は

　「本当に読んだのか」

と聞きます。

　「本当に読んだ」

と言いますと、判ったかと聞きますので、

　「正確に理解出来たかどうかは判らないが、自分なりに判った」

と言いますと

　「福本さん、えらいよ」

とほめられたので逆に驚きました。

自分では一冊の本を読むのに一年もかかった馬鹿さかげんいウンザリしていたので、そんなものかと思いました。主人は更に言葉を続けて、
　
　「大学生でも完全に読んだ人は少ないよ」

と言いましたので、では次に何を読んだら良いか聞きますと、カントの実践理性批判を棚から出してくれました。さすがに今度は哲学用語も大分知っていたので、すらすらと早く読めました。

この時感じた事は、哲学書は難しいものではなく、それを誤解なく伝えるために詳しく書いたので、難しくなったのだと思いました。

真理は常に簡単なものだと思いました。

ちなみに、私の理解では、実践理性批判は、人間がよこしまな心をなくして純粋な精神状態になると、人間の心は最高善に向かう様になっている。その最高善と現在の純粋な自分を結ぶものが、道徳律だと言うことです。

哲学者に聞いたわけではないので、当たってるか正しいか判りませんが、私はそう解釈をしています。


孔子が、ある人にどの様な人が国を治めるには良いか聞かれた。上に立つ人は品性のすぐれた人格者が良い。そして、その下には有能な官吏が実務をこなすのが良いのではないでしょうか、と答えました。

その言葉を正確に伝えたい為に、私の持っている貝塚茂樹さんの論語を調べたのですが、見つかりませんでした。申し訳ありませんが、後日わかったら後記します。


        
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    <title>結婚、離婚について</title>
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    <published>2007-11-09T10:40:54Z</published>
    <updated>2007-11-09T11:41:52Z</updated>
    
    <summary>何故離婚が多くなったか？ それは初めの結婚にまちがった出発点があったと思います。...</summary>
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        何故離婚が多くなったか？

それは初めの結婚にまちがった出発点があったと思います。
私は、結婚という制度は離婚という制度と一組になって制度としては完結するものだと思います。

私の知る範囲では子供のいる夫婦の場合、夫婦が暴力的とか酒乱とかギャンブル狂いでない限り、子供達は離婚を望まないものです。子供に対しては親は全面的に責任があるので、自分の選んだ夫婦関係は子供が望まない場合は解消すべきではないと考えます。

すでにこんがらがった夫婦関係を限られた紙面で説得するのは難しいので、離婚しない夫婦選びについて私の経験をもとにして提案します。

先ず、一番間違いが多いのは相手を選ぶ時の条件の設定です。殆どの人が相手のルックス、学歴、社会的地位、趣味、収入等によってえらびます。しかし、これは年月がなつと幸福な結婚を維持するのには大して役に立ちません。

私の経験では、自分の人生観を基準にして自分の嫌いなタイプを除いてゆきます。

私の場合は

１）人間に対して差別観のある人
２）全てを必要以上（普通の生活に必要な程度以上）に欲しがる人
３）地位、名誉、権限を好む人
４）他人に思いやりのない人

以上に属する人達とは、人生を共にする自信がありません。これ等の条件（１〜４）以外の人なら、多少日常生活でゴタゴタがあっても、別れるところまでゆきません。

私たち夫婦は凄いときはＫ−１なみの派手な喧嘩もしますが、大抵永くて２〜３日で元に戻ります。永く夫婦を続けているのが必ずしも良いとは限りませんが、もともと生まれも、生活環境も、趣味も違っていた人間が一緒になったのですから意見の食い違いがあっても当たりまえです。

なぜ、こんな提案したのでしょうか。それは私は子供が大好きだからです。勿論、他人の子供でも誰でもです。子供のしあわせそうでない顔を見ると、その親の無責任さに腹を立ててブンなぐってやりたくなるからです。

もう２０年も前のことですが、私の敬愛する友人のアナキスト故竹中労と話している時、何かの話しの途中で

　「親はなくても子は育つだね」

と気楽に言ったとき、労さんは

　「福本さん、それは違うよ。親があっても子は育つだよ」

と言われて即座にその意味が判りました。

　子供は他から悪い影響さえなければ、順調に育つものです。それを、阻害しているのが考えの足りない親や大人達なのです。

　是非、そういう親にならない様、お互いに気をつけませんか。

　偉そうな事を言って、多少気がとがめます。

　年に免じてお許しください。


        
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    <title>顔について</title>
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    <published>2007-11-08T06:47:03Z</published>
    <updated>2007-11-09T07:24:19Z</updated>
    
    <summary>今から30年程前の話しになります。 女房が新宿のある病院から帰ってきて言いました...</summary>
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        今から30年程前の話しになります。

女房が新宿のある病院から帰ってきて言いました。今日受付の椅子に順番待ちで座っていると、６０過ぎのしらない叔父さんが私の前で止まり、しばらく私の顔をみてから

　「美人じゃないが良い顔してる」

と言って立ち去ったそうです。
女房は美人じゃないと念をおされた事で多少不満をもっている様で、私にその話しをしました。

私は

　「それは最高の誉め言葉だよ」

と言いました。

　「世に美人は3日で飽きる。ブスは3日でなれるというだろう。
　美人は探せばいくらでも居るが、良い顔をしている人は、そうザラには居ない」

と話すと、どうやら満足した様です。

私は女房とつれそって50年余りたちますが、近所の娘さんからは福本さん夫婦の様になりたいといわれた事があります。私達は一日中馬鹿話で笑っているので、余程仲の良い夫婦だと思ったのでしょうか。

実際喧嘩をする時は、今はやりの「K-1」並の派手なものです。今でこそ暴力は振るいませんが、若い時は「これ以上その事で俺をおこらすとなぐるぞ」と宣言して、そうなると多少手加減はするのですが、彼女をなぐっておとなしくさせました。その時は一応それでおさまるのですが、翌日になると彼女の顔はなぐられたところが紫色になり、次には黄色に変わり、普通の肌色になるには半月程かかってしまい。

その間女房の機嫌をとるために平身低頭で詫まるのです。私は大体半日も怒っていられないたちなので、今度は彼女の言いなりで、貴方は何回なぐったから同じ数だけなぐらせろと要求され、結局ブッシュに尾を振る小泉の如くになってしまいます。

少し話題からかずれたので、元に戻ります。

人間は４０過ぎたら自分の顔に責任をもてといいます。どんなに偉そうな事を言っても、心が正しくないと良い顔にはなれません。それでは、良い顔を見分けるにはどうしたら良いかという事になりますが。

昔、質屋さんに小僧さんが入ってくると（入社）、良い品物ばかりを見せる相です。良い品を数多く見ると悪いう品や、偽者の区別がつく様になるそうです。

私は若い時、一時絵描きになりたくて、今迄つとめていた日立（重役さんの世話で入社したのですが）を嘘をついて退めました。親父は私に一生日立に骨を埋めると約束させて重役さんに頼んだので、あとでばれてからカンカン怒って勘当になった事があります。その位ですから絵の良し悪しにも一見識があります。その見識を育ててくれたのが秦西名画全集です。何時も名画ばかり見ていると、心のいやしい人達が真似して描いた物は直ぐに分かるものです。

20年程前の話になりますが、少し土地が欲しいと思い、ある人の紹介で東京を引き払い軽井沢の方に移るという人に会いました。女房と2人でその人に会った瞬間に女房も私も、この人にはかなわないと感じ、自分が土地等ほしがった事がはづかしくなりました。

実に綺麗な涼し気な眼をしている方でした。作品も素晴らしい物でした。土地はあきらめて作品だけみさせて頂いて、ほうほうのていで退散した事があります。

皆さんも身の回りに居る人達の顔を良くみて下さい。きっと素晴らしい顔をお持ちの方が居ると思います。

では、今日はこれで。






        
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    <title>面白かったテレビ番組</title>
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    <published>2007-11-02T16:39:26Z</published>
    <updated>2007-11-02T17:07:53Z</updated>
    
    <summary>先日あるテレビ局の番組で、超マジックのMrマリックに挑戦するマサイ族の番組を見ま...</summary>
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        先日あるテレビ局の番組で、超マジックのMrマリックに挑戦するマサイ族の番組を見ました。

マサイ族は凄く視力がよくて、普通眼の視力検査に使う表（２−３米先から見るもの）を、何十米先から見えるのです。それだけでも十分驚きましたが、その彼等がMrマリックの手品の種明かしに挑戦するのです。

最初ににわとりの絵を描いた一米四方位の紙を二つ折にして、それを傾けると中から卵がころころころがって出てくるのです。私たちには種が全然見えませんが、彼等は見ているうちに笑い出してしまうのです。アナウンサーが聞くと、卵は本物ではなく中がカラで紐がついているというのです。実際に種明かしをすると、その通りなのです。

次にマリックが今度は3秒でこの机の上に子羊をだすというのです。彼等はその手品を見ているうちに、2人の人間が何かを運んで机の上に置いたというのです。アナウンサーが本当に見えるのですがときくと黒いズボンをはいた2人が何かをかかえてきて何かを置いたと言います。背景は真っ黒なので我々には2人の人間が見えませんでしたが、種明かしをすると全くその通りなのです。

彼等の国の言葉には「手品」という言葉がないそうです。たしかに眼が良いので「手品」は無理なのかも知れません。番組ではその他に、コップの中に硬貨が瞬間的に移動する手品がありましたが、彼等はMｒマリックが硬貨をすばやく飛ばせてコップの中に入れるのも見えてしまうのです。

今言うところの動態視力がすぐれているので、我々が全然見えないスピードのものも見えるのには驚かされました。

私は子供の頃（10才前後）、浅草に住んでいました。他の町からみると浅草は繁華街で、夕方でもかなり明るかったですが、夕暮れ一番星が出ると10番星位まで数えると、後は沢山の星で数えられなくなったものです。丁度今ならプラネタリウムで見る星空の様なものです。深夜になってもそんな数の星は見えませから天文学者達はずいぶん不自由でしょう。

夕方になると家々には灯りがともり、街には夕食の煮物の匂いが漂ってきます。官庁街ではビルの灯りが次々に消えてゆき、会社員は帰路についたものです。

変だと思いませんか。これだけ科学が発達しているのに、働く人々は前より余計に働き競争に追いやられてノイローゼになる人も毎年増えています。科学は多くの人が、幸せになるために発達したのではないのでしょうか。一部の人達や大企業の従業員だけが幸せになるためみあるのでしょうか。

政治家はいったい何を考えているのでしょうか。

私の尊敬する文学者の小林秀雄は、一握の政治家等に日本の進路など決めてもらはなくて結構、一般の市民達が何を望んでいるかを考えて、それに対応してくれるだけで結構と断言しています。


        
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    <title>判断力</title>
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    <published>2007-10-31T02:10:25Z</published>
    <updated>2007-11-01T12:43:08Z</updated>
    
    <summary>　私が自信をもって言える事は、現在の自分は、こう考える、または、こう感じるという...</summary>
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        　私が自信をもって言える事は、現在の自分は、こう考える、または、こう感じるということだけです。

　このブログを始めるに当たって、50年つれそっている女房から政治に関する事は書かないでと申し出がありました。それは多分私が常識がないと思っているからでしょう。
　しかし私に言わせると、彼女の言う常識とは、今迄の習慣で一般的だと思われている慣習的な考え方の事で、私の常識とは小林秀雄の言う本当の常識です。
　
　私がある会社に勤めている時に私の部下が、部長の言う様な世の中になるのですか？と聞きました。私は即座に言いました。「なるわけないだろう。皆が前を向いて歩いている時に俺は何時も反対の方向に歩いているのだらから。ただ俺はその方向が俺には正しいと思い、他の道が考えれ無いからそうしているだけだ」
　
　現在私は81才、大正生まれで学歴は2種の工業学校（今だと中卒の3年卒）で、15，6才からずーと働いています。でも私は不幸とか恵まれていないと思ったり感じたことは一度もありません。私は若い頃は多情多感な青年だったので、数多くの恋愛をし失恋をしましたが、死にたいと思ったことは一度もありません。失恋をして辛いのは、恋をした時に喜びを感じるのと同じみなもとだからで、あたり前の事だと考えいます。この辛さは時が解決する事をしってましたから、どの位辛抱すれば、この辛さから脱却出来るのかと、予想するだけです。時がたてば、辛さは自然に癒されるのです。

　私は人間が幸福になるのには、他人からの力によるものもあると思いますが、不幸になるのは自分の考え方だけだと思います。私は常々、自分を不幸にする事は他の誰にも出来ないと、確信をもって生きてきました。
　
　私が今の様に自信をもって生きられる様になったかは、だんだんに時間の許す範囲でのべさせて頂きますが、余り永くなると読む方も、つかれると思いますので、今日はここまでにします。

　次回は人の顔について書きます。
　

        
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